◎守護と指導の法則

神様は、全ての魂がより良くなり、神様(無条件で無限の愛のエネルギー体)へと戻る(一体化する、同じ様なものになる)ことを願っています。

 

一つの魂も失う事を望んでいません。

 

そのため、一番最後の魂が戻るまで忍耐強く見守り導くための『守護と指導の法則』があります。

 

無条件で無限の愛のエネルギー体である神様は、常に私達のそばにいて、自らが創造した全てのものを熟知しています。

 

神様は、私達の内に自分の分身として「内なる自己」や「高次の自己(ハイヤーセルフ)」と呼ばれているものを、又、目には見えませんが、私達の傍には、天使(地球に転生した経験が無い)やアセンデントマスター(地球に転生した経験が有る)達といった高次の意識エネルギー体や、多くを学び成長した高級なご先祖様などを配備し支援してくれています。

 

彼らは、どんな時でも常に守り、導き、助けてくれています。

 

私達魂は、こうした「高次の自己(ハイヤーセルフ)」や何体もの陰で支えてくれている高次の支援者達と1つのチームとなって生きています。

 

このような支援者達も、私達魂を助ける仕事に携わる事で共に学んでいます。

 

人生で起ること全ては、その人が乗り越えられるものしか起こりません。

 

ところが、「乗り越えられない」と思い、自ら命を断ってしまう人がいます。

 

しかし、この行為は、目には見えない高次の支援者達の成長をも遅らせてしまうのです。

 

陰で神様や色んな支援者たちがチームとなって、いつでも守り導いてくれているのですから、私達は、いっしょに乗り越えることができます。

 

強力な自分の支援者チーム(Team for Me)がいる事を考え、出来る事から少しづつやってゆけば良いのです。

 

実際に私達は、全く一人ではありません。ケイシーのリーディングでも、次のようなものがあります。

 

人は、自らを神様・・・・・・の霊から切り離すかもしれないが、神様の霊は、人からは離れはしない。(リーディング589-1)

 

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☆上の写真は、Gary CさんによるPixabayからの画像 です。

◎原因と結果の法則

『原因と結果の法則』は、「カルマの法則」や「因果の法則」とも呼ばれるもので、「自分のしたことが、自分に返ってくる」という法則です。

 

これは、自分が善い行いをすれば、同じ善い事が自分に戻り、悪い行いをすれば、同じ悪い事が自分に戻ってくるというものです。

 

例えば、私達に何らかの善い事が起こるなら、私達自身が過去に善い事をしたために、同じ善い事が自分に戻っているのです。

 

反対に、私達に何らかの悪い事が起こるなら、悪い事を悪い事と気づかずにいるか、悪い行いが習慣化していて無意識にその悪い事をし続けているために、同じような悪い事が戻ってきているのです。

 

この法則に対して、次のようになリーディングがあります。

 

実体が、個人が、何を蒔こうと、必ず刈り取らねばならない。この法則は、変えることが出来ない。そっくりそのままに、慈悲の中に、又は、同情の中において出会うかは、その実体の選択による。もし、人が慈悲や共感、愛や友情を持っているなら、関係する人々に対し同じように示さなければならない。                                   (リーディング500-1)

 

「なぜ、自分が、今の場に生まれてきたのだろうか。」と考える事がありますが、それは、今の自分と同じ様な立場の人々のネガティブ、ポジティブの両方の状況や感情、思考などを理解できる魂に成長するためです。

 

自分が行った悪い事は、必ず、された者と同じ立場に立つ機会が与えられ、実際にされた側と同じ体験を自らすることになっています。

 

だから、された者の悲しみや苦痛を感じることができ、それが悪い事だと気づくようになり、意図的により良い行いを選択するようになってゆくのです。

 

私達は、より良い選択をするようになるまで、何度でも同じような悪い体験をし続けます。

 

このため、悪い体験は、さらに慈悲深くなったり、理解力が深まったり、忍耐力や精神力が強くなるため、又、魅力的な自分になるための学びのチャンスとも言えます。

 

リーディングでは、今生で私達が成すものは、死後や来世にも表れるとしています。

 

つまり、原因と結果の法則は、今生で自分が行った事だけでなく、自分が過去生で行ってきたことも原因となり、結果として同様の良い事や悪い事を、今生や来生で体験するようになっているということです。

 

PS: リーディングは、「悪」を「愛の欠如した状態」とし、何事も慈悲や共感、愛、友情の心で行うようにアドバイスしています。

 

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☆上の写真は、John HainさんによるPixabayからの画像 です。

 

◎転生の法則

私達という存在は、死によって終わりません。

 

なぜなら、私達は、肉体に宿る魂であり、永遠に生き続ける霊的な意識のエネルギー体だからです。

 

「誕生」とは、霊的意識界からこの世へ移行する過程にすぎません。

 

今、私達魂は、「地球学校コース」をとるために生まれてきました。

 

私達魂は、生まれる前に、自分がこの地球で「何を学ぶのか」、「それを学ぶために、自分の人生にどんなことが起こるのか」などの大まかな人生プログラムを立て、その学びに一番ベストな国や人種、性別、体、家族や環境などを選んでやってきます。

 

この世で私達が出会う親や兄弟、姉妹、親戚の人達、知人、友人、同僚、もしくは、先生や上司といった立場の上の人々であっても、地球という学校の同じクラスメイトです。

 

年上の人は、単に先に生まれたクラスメイトであり、年下の人は、ただ単に後で生まれたクラスメイトです。

 

見知らぬ人々は、他教室の同じ学校の生徒です。

 

私達は、生徒として地上で様々な体験学習をした後、「死」を迎えます。

 

その時、物質的な肉体は滅びますが、魂は、「死」と呼ばれる過程を経て、生まれる前にいた元の霊的意識界へと戻ってゆきます。

 

このため、「死」は、霊的意識界での「誕生」とも言えます。

 

この霊的意識界にも、様々な階層や次元での癒しや学びの世界があります。

 

魂は、地球上だけでなく、その学び具合により、自分にとってベストな様々な異なる次元や宇宙の意識界などへ移行、つまり、転生(生まれ変わり)してゆき、その場独自の学びのコースをとって学んでゆくのです。

 

この生まれ変わりながら学んでゆくシステムが、『転生の法則』です。

 

私達は、一つの人生で気づき、学べることには限りがあるため、何度も生まれ変わる必要があり、それぞれ別の人生で様々な学びのチャンスを得て学んでゆくのです。

 

死を迎え霊的意識界に移る時、学んできたレベルが同じ霊的エネルギー集団である『グループソウル(類魂)』の所に行きます。

 

そこで、自分の魂が現世で学んできたものを加え入れ分かち合います。

 

この「学んだものを加え入れ分かち合う」とは、イメージ的には、一滴、一滴の水滴である魂が、コップの中にポツン、ポツンとしたたり、『グループソウル(類魂)』という「コップの水」に混ざり合うようなものだそうです。

 

このようにして、グループ全体としても少しづつ向上してゆくようです。

 

しかし、中には、学ぶ速度が早く、一度の転生で非常に多くの学びをしてくる魂があります。

 

そんな場合は、魂レベルの似通った、より高いレベルの集団である『グループソウル(類魂)』へと飛び級して混ざって行きます。

 

この地球という世界は、様々な成長レベルにある魂達が、唯一、出会える学びの場なのだそうです。

 

魂は創造主のものであるため、魂はただ変化するが、終わることも破壊されることもない。魂は、それがきたところへただ戻ることができるだけである。                 (リーディング497-1)

 

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☆上の写真は、Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像 です。

◎魂の学び&「宇宙の法則」

魂が何かを学び終える過程は、次の4段階に分かれています。

 

①知る、気づく段階

 

②知ったこと、気づいたことを理解し分かった段階

 

③理解し分かったことを生かし、意図的に自分の考え方や感じ方、態度の取り方、言葉の選び方や行動をよりポジティブ(建設的)に変えようと努力している段階

 

④理解し分かったことを生かし、無意識に自分の考え方や感じ方、態度の取り方、言葉の選び方や行動がポジティブ(建設的)になっていて、それが癖や習慣となっている段階、「学び終えた」段階

 

ご存知のように、自分も他の人も神様のように完璧ではありません。

 

私達魂は、皆、学ぶべき事があり、同じように学んでいる生徒、「同学徒」です。

 

私達魂は、『自由意志』をもっているため、体験し学んできた内容がそれぞれ違う霊的成長段階にあり、自分も含め、皆それぞれに欠点(未学習の部分)があります。

 

私達魂は、その違った成長段階なりにベストを尽くし毎日を生きています。

 

私達魂は、同様に異なった成長段階なりにベストを尽くし生きている他の魂に対し、神様のような完璧さを求めて対応するのではなく、自分とは違った事を学んできた、異なる成長段階にある「同学徒」とみなして対応し、それぞれが選ぶ学びの内容と時期を受け入れ、互いに尊重することができます。

 

神様は、欠点があるそのままの自分も他人も、そのあるがままで愛するようにと教えています。

 

自分が、「あれ?こんなことも分からないの?」と疑い怒ることがあったとしたら、たまたま、自分が既に学び終えたことをその人が、まだ学んでいないだけの事なのです。

 

もしかしたら、その人は、それを今生の学びのカリキュラムにも入れていないかもしれません。

 

自分が学び終えていて、「分かって普通だ、当然だ」と思う事でも、他の魂にとっては、まだ学んでいないことがたくさんあります。

 

反対に同じ相手から、それとは違う面で、同じように「あれ?こんなことも分からないの?」と自分が思われている事もあります。

 

お互い、様々な面で学び終えていたり、まだ学んでいなかったりしているだけなのです。

 

私達は、皆、学ぶ内容も速度も違います。

 

前世で、同じような事を何度も体験していたなら、今生では早く学べたり、初めて学び始めることだったなら、学ぶ速度も遅くても不思議ではありません。

 

私達がまだ学んでいないものは、それぞれ違った時期に、それが、今生であるか、来生か、来々生か、来々々・・・生か分かりませんが、違った時期や速度でいつかは学ぶ時がきます。

 

私達魂が学びの旅を続け、霊的に成長し、神様と同じレベルに少しでも近づいてゆくためには、神様と私達についてや、地球に限らず、魂が旅するあらゆる世界で働いている「宇宙の法則」について知っておく必要があります。

 

「宇宙の法則」の中でも特に重要な法則が、下の5つです。

転生の法則

原因と結果(カルマ)の法則

引き寄せの法則

守護と指導の法則

愛の法則

 

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☆上の写真は、● MichaelさんによるPixabayからの画像 です。

◎神様と私達

ホリスティックな考えでは、神様は実在するとされています。

 

神様は、「創造主」、「主」、「キリスト」、「エホバ」、「ユニバース」、「大霊」など、様々な名称で呼ばれていますが、ここでは、神様と呼ぶことにします。

 

神様は、何のみかえりも期待しない無条件で無限の愛である「霊的な意識のエネルギー(体)」とされています。

 

神様は、仲間であり、共同創造者として、自分自身である無条件で無限の愛のエネルギーを分割し、私達魂(分霊)を創造しました。

 

そして、”個”としての固有意識を持たすために『自由意志』を与えました。というのは、「自分がどんなに祝福された存在なのか」を実体験し、仲間意識を感じたくなったためです。

 

私達は、地球上では、物質的な乗り物である「肉体」(ボディ)と、思考し感じる「精神体」(マインド)と、霊的エネルギーである「霊魂体」(スピリット)が一つとなった統合体として生きています。

 

しかし、実質的には、神様の霊的意識のエネルギーを分けた霊魂体である「分霊」、「魂」(スピリット)です。 

 

神様は、何のみかえりも期待しない無条件で無限の愛である「霊的な意識のエネルギー(体)」なので、常に、分霊である私達が平和で、健康で、愛に満ち、自分も他も大切にし、成功し、富み、あらゆる面でより良く豊かである事を望んでいます。

 

神様は、限り無く慈悲深く、常にゆるし、何ものも罰したりはしません。

 

私達が、今、どんな状態であれ、どんなことをしてきたかに関係なく、無条件で無限の愛のエネルギー(体)である神様によって、私達は深く愛され、見守られています。

 

今、私達が存在していること自体、神様に愛されていて、価値があり、自分なりの人生を生き、より良くなれるという証です。

 

神様は、あらゆる面で豊かになってもらいたいと望んでいるため、私達が学べるように「宇宙の法則」と学びの場として様々な次元や世界を創造しました。

 

私達は、そうした様々な場所で、『自由意志』を使ってポジティブな体験やネガティブな体験をたくさんし、その実体験の中で、色んなことを知り、気づき、理解し、学んでゆきます。

 

もし、今、私達が、ネガティブな体験をしているなら、私達が、自分達の無知(無学/未熟)さからや、エゴ(利己心)やネガティブ(マイナス思考)さから、引き寄せの法則を誤用し、自ら自他を罰したり、ネガティブ体験を引き寄せ創造しているのです。

 

私達は、神様と同じ様なものになる(神様と一体化する)ことを目標に学び、意図的に無条件で無限の愛の視点をもって行動してゆくようになる体験学習の旅をしているのです。

 

神様と私達の関係をイメージしやすくするために、無条件で無限の愛である「霊的意識のエネルギー(体)」である神様を、”大きな水がめの透き通った水”に例えます。

 

私達自身である各魂は、そこから滴り落ちた一滴(ひとしづく)です。

 

この一滴は、”大きな水がめ”の一部であった同じ”透き通った水”です。つまり、私達魂は、元の無条件で無限の愛のエネルギー体と同じものなのです。

 

神様は、自分の仲間であり、共同創造者として、又、神様の「ありて、あらゆるもの」の一構成要員として、同じ無条件で無限の愛のエネルギー体である私達、一滴の魂を世に送り出しました。

 

そして、自由に自分で思考方向をポジティブな方向、もしくは、ネガティブな方向に選択し決定できる力、『自由意志』をもたせました。

 

この『自由意志』をもった私達魂は、宇宙の様々な次元や世界を旅し、それぞれの旅の中で、この『自由意志』を使うにつれて次第に神様と一体(同じ)の無条件で無限の愛の意識エネルギー体である事を忘れ、「神様から全く切り離された、別の存在である」と思い込むようになりました。

 

私達魂は、『自由意志』を使って思考をポジティブな善い方向に選択したり、ネガティブな悪い方向に選択しながら、それぞれに違った体験をし、感情的に、物質的にあらゆる善悪の体験をするようになってゆきました。

 

これをイメージ的に理解するために、神様という澄んだ”みずがめの水”であった水滴が、各自の思考の方向を「どう選択するのか」により、水は水でも、透き通った純粋な滴から透明度が異なる濁った水滴になっていったとイメージします。

 

この濁り具合が異なる一滴一滴が、『自由意志』によってポジティブな善い体験、ネガティブな悪い体験をしてゆく中で、「自分が本当に体験してゆきたいことは何か」、「思考をどちらに向けるのか」、「何(理想)になってゆきたいのか」を考え始めるようになります。

 

そして、意図的に自分が望む方向へと変容してゆこうと選択し、決意し、行動してゆくようになります。

 

自分が体験したくないものを避け、必要でなくなったものを切り捨てながら、目指す方向(理想)に向かって前進してゆく様は、元の透き通った純粋な一滴に戻るため、濁った水滴をろ過してゆく様なイメージです。

 

今回、私達は、宇宙の様々な次元や世界の中で、太陽系の地球での学習コースをとるためにやって来ました。

 

この地球は、物質的に体験のできる場所で、学んできたことを行動に移し実践するかどうかの実験場です。

 

そして、まだ学んでいない事を物質的な体験を通して気づくための試験場です。

 

つまり、学んだ事や考えた事を生かして物理的に行動に移さなければならない星なのです。

 

私達が、霊的意識エネルギー体である「魂」だからこそ、宇宙の様々な次元や世界に移行(転生)し、学びの旅を続けてゆけるのです。

 

無条件で無限の愛の意識エネルギー体である私達魂は、自らの『自由意志』で、自らをろ過し、再び元の透き通った水に戻ってゆくために、つまり、常に無条件で無限の愛を表現するものに戻ってゆくために存在しているのです。

 

物質世界のそれぞれの魂の目的は、記憶の書によると、創造主との関係を魂が知ることにある。(リーディング1215-4)                                                  

 

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☆上の写真は、Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像 です。

◎祈りと瞑想

ずいぶん前からセレブや成功者の方々が、祈りと瞑想を習慣にしているらしいと聞いていました。そのためか、近年、世界中で祈りと瞑想を楽しむ人が増えてきているようです。

 

実は、私も祈りと瞑想を朝の日課にしています。

あまり時間をかけられない時はプチ瞑想ですが・・・。

 

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たくさんの人々が瞑想するのには、下のような効果が期待されるかららしいです。

 

①     『ココロ』と『カラダ』が落着き、リラックスできる

②     不安やストレスが減る

③     アンチエイジングにも効果がある

④     色々なアイディアや気づき、直観が冴え、導きを受けとれやすくなる

⑤     集中力と記憶力が高まる

⑥     冷静な判断ができる

⑦     実行力が高まる

⑧     愛情深くなるので人間関係が改善する

⑨     様々なレベルで自分自身を癒せる

⑩     ポジティブな言葉を瞑想中に繰り返すことで、ネガティブ癖が改善され、ポジティブ癖がつく

 

祈りと瞑想をセットで行うと、期待できる効果がさらに増すと言われています。

 

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■祈り

祈りとは、神に感謝し語りかけることです。

 

祈ることによって霊的なものへの同調が促され、神などの高次のスピリチュアルな存在達からの助けや導き、癒しを頂きやすくなると言われています。

 

そのため、私は、祈りを込めながら描く『祈りアート』という作業もしています。

 

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■瞑想

瞑想とは、神の声に聞き入る作業です。

 

神などの高次のスピリチュアルな支援者達とコンタクトするには、全ての感覚が鎮まる必要があります。そのため、呼吸や、「愛」や「平和」といった言葉に意識を集中させ、心穏やかになるよう心身共にリラックスさせてゆきます。

 

瞑想は、できれば毎日、2、3回、決まった時間と場所で行うと良いようです。

 

習慣的に長く続けるために、自分がリラックスできる姿勢や方法で最初は5分~15分くらいから始めると良いそうです。

 

蓮華座のようなピラミッド型は、高次の存在からのアイディアやメッセージを受けやすいと聞いたことがあります。

 

又、中村天風さんは、瞑想時、お尻の穴をスッと引き上げながらされていたらしいです。

 

瞑想前にホワイトセージを焚いて(スマッジング)空間を浄化するのも一案です。

 

お香や、ラベンダー、ラバンディン、サンダルウッド等のアロマポットを使いながらする人もいます。

 

何か導きやアイディアがほしい場合、瞑想前に願いや質問を紙に書いておき、アイディアが浮かんだら、すぐにメモれるようにしておきます。

 

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☆上の写真は、vined mindさんによるPixabayからの画像 です。

◎「今、ここ」超重要‼‼‼

色んな本や講座から教わり、とても重要だと考えていることがあります。

 

それは、できるだけ「今、どの時点、どの場に生きていて、何を考えているのか」に気づき、ポジティブになるよう努力し続けることです。

 

私は、この「今、ここ」という時点に意識を向けずに過ごしがちでした。

 

人は、ネガティブ思考になる癖(習慣)があるらしいです。

 

だから、常にとはいきませんが、「今、ここ」という時点に意識を向け、「自分が今、何を考え感じているのか」にできるだけ気づきながら、ガンバ(顔晴)ってネガティブ思考をポジティブ思考に変えるよう努力しています。

 

ところで、「時間」というものは、「今、ここ」という小さな時点が無数に、永遠に連なった線状のものだと言われています。
 

私達は、実は、「今、ここ」でしか生きていません。

 

「今、ここ」でしか、実際には思考し、感じ、行動していないのです。

 

「今、ここ」こそが過去となり、未来を変えてゆける唯一の場です。

 

「今、ここ」でのみ、これからの人生をより良いもの、目標を達成したり、成功したり、幸せな人生を創造してゆけるのです。

 

ところが、多くの人がこの真実に気づいていないため、体験済みのネガティブな過去を思い返したり、どうなるかも分からない未来についてネガティブに空想する癖(習慣)を持っているため、一番重要な「今、ここ」という時点を見逃し無駄にしてしまっています。

 

過去や未来を考える場合、過去のポジティブで楽しい出来事などを思い出す事は、自分を元気づけたり、自信を高めたり、人生のつらい時期を乗り越えるのに役立ちます。

 

自分の未来を考える時、自分の夢を実現する事やポジティブでワクワクする体験を思い巡らす事は、ポジティブな未来を引き寄せ創造する助けになります。

 

でも、永遠に続く、「今、ここ」という時点で、ネガティブに考え感じ続けていると、ネガティブで不幸な未来を自分に引き寄せ創造し、体験する羽目になります。

 

ネガティブな過去を振り返り続けたり、恨み続けたり、後悔し続けることは、「今、ここ」という時点ではなく過去に意識を向けているので、今現在、起こってもいない同じネガティブな体験に生き、時間を無駄にしてしまっているのと同じことです。

 

起こってもいない未来に対し不安を感じ続けることは、「今、ここ」という時点でなく、未来に意識を向けているので、自分が思い描いているネガティブな未来を体験するための準備をしているのと同じです。

 

もっとポジティブな未来を創造し実現することができるのに、過去や未来のネガティブな体験を思う事に囚われ続けると、最重要な「今、ここ」という時点(時間)を無駄に生きてしまいます。

 

だから、まめに「今、どの時点、どの場に生きて居て、何を考えているのか」に気づく努力をし、最も重要な「今、ここ」という時点に意識を向け、意図的にポジティブ思考に変えながら生活することが大切です。

 

そうすることで、ポジティブ(建設的)な未来を創造し続けることができるとされています。

 

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PS: 過去のネガティブな事というのは、自分のした失敗(ミス)や過ちなどが考えられます。もし、そうした出来事を後悔していたなら、後悔するというのは自分の誤りに気付いた事、学べた事だととらえ、その体験をするまでは未学習だった事なので、次から同じことが起こった時、同じ事をしない努力やより良い行動をとればいいだけだです。

 

失敗(ミス)や過ちなどを犯すのは、より良くなるための知識を得る、誰もが踏まなければならないステップです。

 

幾つもある過去生や現世の中で、皆、同じような体験をし学んでいっています。

 

同じ失敗(ミス)や過ちなどを繰り返さなければ、学びのステップを1つ上がったと考え、自分を褒めてやることも大切です。

 

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☆上の写真は、John HainさんによるPixabayからの画像